中垣内祐一が米農家に転身した理由
日本バレー界のレジェンド、中垣内祐一氏。彼はかつて日本代表の監督として、東京オリンピックで29年ぶりにチームをベスト8に導きました。しかし、彼が今選んでいるのはバレーではなく、米作りという新たな道です。監督を退任した2022年、地元の福井県に戻り実家の農業を継ぎ、米農家としての道を歩み始めました。
中垣内氏がこの選択をした背景には、「50歳を過ぎて会社にいることは長くても15年」との考えがありました。彼はこう述べています。「肩書きがなくなった時、自分がどうするか考えた時、手に職をつけてコツコツと働いていくことが大切だと思った。それに、早くこの道に飛び込むことで、何か結果が出るかもしれない」と、未来を見据えた決断の理由を明かしています。
農業への情熱と収入の変化
中垣内氏は福井県にある広大な田んぼ3000坪で特別栽培米を作っています。農薬を減らし、化学肥料を一切使わない自然な方法で農業を行う姿勢には、彼の強いこだわりが感じられます。収入面では「大いに下がったが、それが目的ではなかった」と彼は断言。「嫌ならやらなければいい」と、過去の栄光に気を取られず今を大事にする彼の言葉から、人生のフィロソフィーが窺えます。
中垣内氏は「昔の成功も失敗もどうでもいい」と語り、今を生きることの重要性を説きました。還暦を迎え、新しい生活に挑戦する彼の姿は、多くの人に勇気を与えるものです。
過去を振り返らない潔さ
かつて194cmの身長を持つビジュアルスターとして、メディアから絶大な人気を誇った中垣内氏。しかし自らの過去に対しては、冷静に「人間としての評価が高いとは思わなかった」と振り返ります。これまでの経験を基に、「終わっている人」と認め、若い世代にパスを渡すことを重視しています。
「(自分は)古い人だから、若者にはその機会を与えるべきです」と、過去の栄光に固執しない潔い態度は、まさに多くの人にとっての模範です。彼のバレー人生は誇るべきものでありながら、それにしがみつくことは考えていないそうです。
現在の関係性と教え子たちへの思い
現在、中垣内氏は日本代表や選手たちを「親戚のおっちゃん」目線で見守っています。特に、西田有志選手とは交流が続き、最近では「米を送ってやろうかな」と微笑ましい関係を築いていることを明かしました。彼自身がこれまでの選手育成経験を通じて、選手たちの成長を裏から支える存在であることに誇りを感じているようです。
中垣内氏の新たな挑戦や、米農業にかける思いを密着取材した様子は、動画サービス「ABEMA」で視聴可能です。このレジェンドの人間味あふれる姿を、ぜひご覧ください。