再生したぽんせん
2026-04-28 12:10:53

廃業危機を乗り越えた菓子メーカーの挑戦と地域活性化の物語

伝説の菓子「ぽんせん」が再生するまでの道のり



兵庫県朝来市にあるマルサ製菓が、かつての栄光を取り戻すために奮闘している。創業は昭和35年、初代の髙橋保清氏が「誰もが食べられる健康なお菓子を」という理念のもと、砂糖を使わない製法で作られた伝統の菓子「ぽんせん」は、徐々に市民に親しまれる存在となった。2代目の佐賀正明氏による努力により、1990年代には月間40万枚を生産し、その名は全国に広がった。

経営危機の到来



しかし、近年、マルサ製菓は立て続けに厳しい現実に直面していた。2019年末、工場が火災に遭い、その影響で業績は急速に悪化。2021年には、経営の中心を担っていた母が脳梗塞で倒れ、当時大学生だった3代目の佐賀建斗さん(25歳)が急遽実家の経営に加わることになった。そこで彼が目の当たりにしたのは、毎月100万円以上の赤字という衝撃的な事実だった。

さらに、2024年5月には父とともに整備してきた製造機が故障し、工場が機能停止に追い込まれるという事態に陥る。このままでは廃業が現実のものとなる状況で、若き経営者は何とかこの危機を乗り越えようと決意した。

不屈の精神と資金調達の工夫



建斗さんは、「この味を絶やしてはいけない」との強い思いから、新たな挑戦を始めることにした。数千万円の新設備導入資金は手元に無く、資金ショートの危機を乗り越えるために彼は自ら「おっさんグッズ」を販売し始めた。パッケージに描かれたキャラクターを活用して日銭を稼ぎながら、東京でアルバイトを掛け持ちし、修行を積む日々が続いた。また、自らの私財を投入し資金を調達し、会社の存続をかけたサバイバルを続けた。

新たなPR戦略への転換



彼は時代の変化に気づき、製造過程を「昭和的」なスタイルから脱却することに決めた。情報発信に力を入れ、2021年にはSNSを活用して苦悩や情熱を発信する試みを始める。「X(旧Twitter)」のフォロワーは短期間で増加し、クラウドファンディングでも支援を受けることに成功する。これにより、500万円以上の資金を集め、ついに新たな資機材を導入し再び営業を開始する運びとなった。

地域との共創・連携強化



マルサ製菓はただの菓子メーカーではなく、地域とのつながりを強化する「ハブ」としての役割も果たしている。例えば、フラワーアートの「マイペリドット」とコラボし、「ぽんせん」とフラワーBOXを組み合わせた母の日ギフトを提供。また、日本三大ねぎの「岩津ねぎ」を使用した新商品を開発し、地域の農家や企業と連携しながら地域活性化を目指している。

未来に向けて



建斗さんは自身の夢を語りながら、「祖父が残した1を100にするのが僕の役目です」と語る。若い世代が夢を持ち、挑戦する姿が地域や次世代に希望を提供する。今後のマルサ製菓の活躍に注目が集まる。

まとめ



伝統と革新を融合させた「ぽんせん」が再びその姿を変えて地域を盛り上げる。若き3代目の経営者が描く新たなビジョンは、多くの人々に感動と勇気を与えるだろう。


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